Telecaster ・ Fenderのオタク的知識

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デビュー当時はバカよばわり?  
Fenderは1950年シカゴ・コンベンションにおいてエスクワイヤーを展示。 世間からは次のようなコメントもあった:

板っきれ
弦つきトイレのシート
カヌーのパドル
(ボートをこぐやつですね)
ブロードキャスター ==> テレキャスター
ブロードキャスターという名前をテレキャスターに変更したのは、当時音楽業界で一流だったグレッチ社(FRED.GRETSCH Mfg.Co.) のドラムのシリーズ名に似たような名前 (Broadkaster) が使われていた為というのは有名な話。 スペルが違っていてもGRETSCH社はすでにBroadcaster という名前のTrademarkを所有していると RTEC (*1) へ1951年に申し立てた。 当時は弱小企業だったFenderはグレッチとけんかをしてもいいことはないと判断し、その頃大普及がはじまったテレビにあやかってテレキャスターと改名した。

ちなみにFenderは又どこかからイチャモンをつけられるのをおそれて、予めRTECにテレキャスターという名前で問題はないかを調べてもらった。

(*1) : RTEC (Radio & Television Equipment Co.) 初期 Fender ギターを実際に販売していた会社


今やGretschはFenderの子会社。
うーん、
盛者必衰の理をあらわしちゃってますね
Bigsbyから見たFender
ポール・ビグスビーがカントリーギタリストのマール・トラビスのために作ったギター(Fig1)は最初の(少なくとも使い物になるギターという意味では)ソリッド・ギターとして有名です。ビグスビーは他にもビブラート・ユニットを作ったりとかなりの発明家だったようです。

マール・トラビスによればフェンダーがこのギターを2日間彼から借りて、その数週間後にエスクワイヤーが発表されたそうだ。
(この話をフェンダーは否定している)

確かにソリッド・ボディ、片側に並んだペグ、ボディを貫通して裏側で止まっている弦等と共通点が多い。(こちらは、スルーネックだが)

さらに言えば、ヘッドのデザインはストラトでおもいっきり真似されているし、そもそもビブラート・ユニットをミュージシャンの間ではやらせたのもビグスビーの方が先なのだ。

ビグスビーは死ぬまでフェンダーが自分のアイディアを横取りしたと思っていたらしく、「フェンダー」の名前を聞くだけで2分以内に怒り出したという。そんな訳だから彼もギブソンとか他の楽器メーカーのトップとは仲良くしていたが、フェンダーとだけは付き合わなかったそうです。

さて、こうした背景をふまえていれば、テレキャスにビグスビーのアームをつけたらどういう事になるかは容易に想像できますね。はっきり言って呪われます。Fig2のようにFenderのFが刻印されているものならともかく、Fig3のようにBigsbyとしっかり書かれているものはビグスビーの霊がだまっているはずがありません。

(呪いの体験談、及びお払いの方法を知っているという方はぜひ連絡下さい)

bigsbyok.GIF (16941 bytes)

bigsbyno.GIF (23931 bytes)

Fig.2

Fig.3

bigsbyguitar.GIF (33431 bytes)

Fig.1



2002/10/10 added
すっごく深いマニアのOnodera氏から、フォレスト・ホワイトの著書からの抜粋と
氏の考察をいただきました!

「ビグスビーから見たフェンダー」に関してのコメントですが、マー
ル・トラビスによればフェンダーがこのギターを2日間彼から借りて、その数週間後
にエスクワイヤーが発表されたそうだ。・・・とあります。

私がかつて読んだフォレスト・ホワイトの著書によるマール・トラヴィスとの関連で
すが(本当がどうか私には判りませんが)・・・

フーラトンにほど近いプラセンティアという小さな街で、1946年から1947年の土曜日
の夜に催されていた、クリフィー・ストーンのプロデュースするショーがあり、当時、
レオはラジオ・サービスをまだ経営しており、PA装置等のレンタル業を通じて、PAシ
ステムがきちんと機能しているか確かめるために、このショーに出かけることがり、
ある晩、マール・トラヴィスが演奏している中、レオがパーティーに訪れた・・・そ
うです。

レオは、さっそくマールが使っているギターのどんなところが気に入っているのか聞
いてきたので、その長所をすべて説明し、自分自身でデザインしたことや、P.A.ビグ
スビーが作ってくれたことなど、できる限りの自慢話を並べた・・・そうです。

するとレオは、自分でも同じようなものを作ってみたいと、次の土曜日までそのギター
を貸してもらえないかと言い、翌週の土曜日、レオはそのギターを返してくれた。と
同時に、それとほとんど同じ自分のギターを持ってきて、試しに使ってみてほしいと
言うので、マールは喜んでそれに従った。装飾が施されたバーズアイ・メイプル以外
の点では、ビグスビーとほとんど変わらないものを、レオは作って来たのである・・・
とあります。

また、レオはPA装置一式を3セット作り、それを1930年〜1947年まで貸し出しており、
「アンプとPAは、副業として貸し出していたに過ぎない」と言っているそうで、2人
の接点は1947年後半のようで、またギターを貸し出したのはキッカリ1週間と言うこ
との様です。また、この観点からは1947年後半から数週間後にエスクワイヤーが発売
されたのでは時期的に付合しないとも思われます。(一応参考としてのお話です)

こうした事が仮に事実であるならば、レオは研究するに十分な時間の中、あらゆる部
分の研究をしたものと推測します。また、同じモノを作り上げることで、そこにある
あらゆるノウハウを自分の中に取り込んだのかも知れません。いずれにせよ、ビグス
ビー作のソリッド・ギターとの出会いに、現在自身が手掛けているスティール・ギター
に変わる大いなる可能性を見いだしていた事と思います。

長くなりますが、話は続きます。この時のヘッド・チューナーは、3対3でクローシャ
ン・ヘッド・デザインでは無かったとの事です。

この後の1948年6月12日、フォレスト・ホワイトが、自作のラップ・スティール・ギ
ターと友人から購入したプレミア製のアンプを積み込み、初めてレオ・フェンダーに
面会しているが、その際、工場の作業台のひとつに寝かされていたギターのボディを
記憶している。それは1枚板で作られたソリッド・ボディだったが、埃を被っており、
しばらく放ったらかしにされていた様に思われたようです。

またその際、持参したプレミア製のアンプにレオが興味を示し、フォレストの思惑通
り、フェンダー・プロ・アンプとの交換を果たしたのだが、幸いな事に、レオの仕事
を手伝っていたエンジニアのレイ・マッシーがトレードを成立させたその場に丁度居
合わせ、「ポール・ビグスビーに会いにダウニーに行くことになっているんだが、一
緒に来ないか?」と誘われ、レオと別れた後、早速レイと共にダウニーに向かってい
ます。

レイ・マッシーとポール・ビグスビーは知り合いである、にも拘わらずレイがレオ・
フェンダーの工場からやって来たことは一切話さなかったそうで、(ここが重要なポ
イントだと思われますが)ビグスビーは、47年にマール・トラヴィスがデザインした
ソリッド・ボディのエレクトリック・ギター(冒頭で話に出てくる最初のもの)を作っ
たことをフォレストに話してくれ、マールのギターとよく似た外見の、完成したばか
りのギターを見せてくれた。フォレストは、その場で写真を何枚か撮った・・・。
(この時点でのものは、既にクローシャン・ヘッドであったと思われます)

以上で一応終わりますが、おそらくここから想像する事は誰でも同じような事を想像
するのではないでしょうか?大変長くなりましたが、多少参考にでもなれば幸いです。



ぺぐ
1950年代圧倒的なシェアを誇っていたパーツ・メーカーといえばクルーソン (Kluson) 社。 当時はFender, Gibsonをはじめほとんどのギター・メーカーはクルーソン社製のペグを使用していたので、各社はペグの形状を変えることによって個性をだそうとしていた。
このペグは螺旋を切ってある所がブラス製だったこともあって、ガタつきが多かったのだが他にいいペグがなかったのでこれを使うしかなかったらしい。
(1967年 Fenderはクルーソン社をからシャーラー社(Schaller)のペグに変更した。)

グローバー社 (Grover) がロトマチック・チューナーを開発してからは各社はみんなこれに乗り換えた。
(クルーソン社大ショック!=>倒産への道まっしぐら)
 その後は Schaller, Gotoh や Sperzels 等によって改良が加えられて、現在はどこもかなり精度が高いという。

オールドのコピーやビンテージ・モデルのリプレースメントとして使われる現在のクルーソン・タイプのペグ (*4) は、ブラスで弱かった所をSteelに変更し、ギアー比を 14対1 か 15対1 として (オリジナルは 12対1)より精度の高いチューニングができるように改良されている。


(*4) 

「本家本元クルーソン社はもう存在しない」
と当サイトに書いておいたのだが、最近のパーツのカタログにはKlusonのチューナーが載ってます。
あれ?Klusonってとっくにつぶれたはずなのになんで?

調べたら、
WD Music Products という楽器のパーツ会社が
70年代につぶれたKlusonの商標が再使用できるように
なってからすぐにKlusonの名前を使用する権利を買って、
さらにオリジナルKlusonの設計図等も入手し、当時と全く同じ
工程で再生産しているんだそうだ。

うーん、なんか本物が復活したと言うよりは、
金儲けの為に全然違う所が名前だけ使っている
みたいなんで、いまいちオリジナルといっていいのかどうかわからない存在だな。
ニトロセルロース・ラッカー
エレクトリック・ギター界ではおそらく一番人気があるというニトロセルロース・ラッカー(硝酸繊維素ラッカー)。
1968年位までのオールド、現在の高級機種等に使用されている。何回も重ね塗りをしなければならず、
乾燥も遅いし研磨も大変だが、普通は(*2)ポリエステルやポリウレタンより塗装膜が薄いので
「ギターの鳴り」をあまり邪魔しないので良いとの事。 (*3)
年代と共に色褪せていく所もツウには魅力の一つ。

悪い事もあります。これって工場で結構有毒なガスを出すらしく、今はリイシュー等で使っているが、
いつアメリカのE.P.Aから使用禁止を言い渡されるかわからない状態だという。(*4)

(=>現在のFender工場は最新の環境コントロールシステムがあるから多分OKでしょう)


(*2) 
最近の技術ではポリ系の方が塗膜を薄く出来る。

(*3) 
こう説明されると「その気」になって確かに良さそうだが、個人的に言わせてもらえば
「あんまり関係ないんじゃないの?」と言いたい。鳴るギターとそうでないやつは確かにあるが、
それはラッカー仕上げかどうかじゃなくて木の質とか造り、全体のバランスからくると思うんですけどね。
まぁ、すごく耳のいい人なら目つぶって聴いても「ふっ。キミのそれはラッカーの音だね、しかもニトロの。」
って言えるのかもしれないな。

(*4) 
ワシントン州では例えごく少量の使用でもすでに禁止されているそうです(2002年7月現在)。
でも、不思議なことにワシントンにある工房などに「ニトロで塗って」とお願いすると
「よっしゃぁー!」という所も何箇所かある。(?)

ニトロ・ラッカーは本当に最高か?
のコラムも参照して下さい。

 

非対象ヘッドのルーツとは?
歴史的に見てテレキャスの何が革新的だったかという話の一つに、多くの書籍やWebsiteが「片側一列に並んだ非対象ヘッド」と述べているが、上の「Bigsbyから見たFender」を見てわかるようにテレキャスが一番でない事は明らか。

じゃあ、Bigsbyが一番かって? ちっちっち、浅い! ・・・という訳でちょっと調べてみました:

martinold.GIF (24011 bytes) legstyle.gif (22957 bytes) まず見つけたのがC.F.Martin。 1838年に Fig1のようなギターを開発していました。


で、解説に 「このデザインは1830年頃のStauferのギターに強い影響を受けている」とあるので、その元となったギターがFig2。


なるほど、これがルーツか?と思いきや、このギターの説明に 「このギターはオーストリアのメーカー Johann Staufer and Georg Riesがルイジ・レニアーニのデザインにインスパイアーされて造った物」とある。


では、これをデザインしたルイジ・レニアーニとは何者なのか?

Fig1

Fig2

 



彼についての資料が
原田氏のWebsiteにあったので転載させていただいたのが以下の文章です:

ルイジ・レニアーニ(Luigi Legnani)
1790年11月7日イタリーのフェルララに生れ、九歳の時ラヴェンナに移り音楽教育を受けた。最初はテノール歌手として活躍、1816年ラベンナの劇場でのギター演奏が認められ、1819年ミラノでの演奏会で不動の地位を築く。1819年ウィーンに行き、ヴァイオリンの鬼才ニコロ・パガニーニの伴奏者としても有名。又、楽器製作者リーズやスタッフェルに自己設計によるギターの制作を依頼し、制作技術の向上に協力した。1862年帰国し、1877年ラヴェンナにおいて87歳の高齢でこの世を去った。

なるほど、かなり多才な方とおみうけした。パガニーニの伴奏やるってだけでも絶対タダ者ではない。

さて、これ以前にはこの手のヘッドは(今の所は)見つからないので、このルイジ・レニアーニが一番と言ってしまいましょう!

(そーじゃないだろって言う人は遠慮なく突っ込んで下さい。すぐに修正します。)

lute 直接には関係ないかもしれないが、一応考慮に入れておきたいのがリュートという楽器。
ある種のリュートのヘッドはテレキャスやストラトのように、ナットを過ぎてからも弦がまっすぐにペグに到達できるようにヘッドに角度がついていた。Fig3
アイディアとしては同じでしょ?

さらに、このリュートの起源は「アラビアのUdという楽器が起源。ルネッサンス期に中東からヨーロッパに入ってきたらしい」とあるが、この辺になると もういろんな説があるらしく、ヘッドの構造はどんなだったか?なんていちいち書いてないのでこれ以上はわかりません。

(ギター/リュートのそもそもの先祖はもっとずっと古いけど、そこまでやると非対象ヘッドのルーツじゃなくて単に歴史解説になってしまうのでやめときます。 でも案外 調べたらエジプト文明あたりの壁画にストラト・ヘッドの古楽器とかあったりして)

Fig.3

 
スクリュー
日本の雑誌やカタログだけを信じれば、52年RIモデルはすべてマイナスのネジを使っているのが正しい。実際、筆者もそう思っていたから、エリック・クラプトンのテレキャス解説に「プラスだから変!」と書いてしまったのだが、マニアから「プラスもありでは?」との指摘を受けたので、調べてみました。
1950年:
すべてマイナス

1951年の間:
トラス・ロッド、ネック・ジョイント、コントロール・プレート、ストラップ・ピンがプラスに変更

1952年のはじめ:
ブリッジ・ベース・プレートを止める4つのネジがプラスに変更

1952年のおわり頃:
ピック・ガードを止めるネジがプラスに変更

1953年夏頃までは、リアーPU、PUセレクターのネジにマイナスが見られたが1953年の終わりまでにはすべてプラスに変更された。

なるほど。では、これをふまえてオークションに出たクラプトンの52年を見ると、ほとんどプラスでマイナスは以下の所だけだ。

ストリングガイド、リアーPU、PUセレクター

上の資料とつじつまがあっていました!

しかし、ちょっと待てよ。 じゃあ現在売っている52RIの「すべてマイナス」というのが今度はおかしい。上の資料が正しければ、すべてマイナスのテレキャスは遅くても51年が最後ではないか! おかしいなー。 何を信じたらいいのやら?


(結論: そんなのどっちでもいい!)




Wackyさんから次のようなメールをいただきました。

テレキャスターのオールドは、53年までがマイナスネジだと思います。プラスネジは、54年からでしょう。年越しの場合は混在しているモデルもありますよ。ネックがマイナスでボディがプラスとか。

ほらね。最初の資料とぜんぜん違うでしょ? 本、資料、人によって言う事が違うし、本物のオールドも改造入ってるしで、こうなるともう本当のところなんて誰にもわからないですね。

CE マーク

Fender USAのギターを店で見た人は気づいたかもしれないが、ネックのジョイントプレートに「CE」というステッカーが貼ってありますね。

これは1996年1月1日からヨーロッパで電気製品を売るためにはなくてはならない物で、「体に安全です」とか「法に規定された規格に準じています」みたいな印なんだそうだ。

(96年ですよ。憶えておいて下さいよ。ここは出ますよ。って何に!?

ブリッジ・カバー
一部の変わり者以外には灰皿にするしかないというこのカバーは1983年の中頃まで存在していた。
現在はリイシュー位でしかお目にかかれないこのカバーだが、ここでリイシューのオーナーに調べてもらいたい事があります。まずどこかにしまっておいたブリッジ・カバーを探して、その裏面を見て下さい。50年代初期のモデルを正確に再現していると言うならここにハンダ、又はハンダの跡が付いていないと「ちっちっち」なのだ(*1)。 これは当時のカバーをメッキする時の作業の名残だそうで50年代中期以降はこのプロセスが変わった為に跡は見られないということだ。

では、そもそもこのカバーはなんのためにあったのか?
筆者も正解はわからないけど、あれってもしかしたらレオ君が外のノイズからPUを守るつもりで付けたのではないだろうか?だってテレってフロントPUにはカバーが付いているのにブリッジPUにはないですよね。 だからあのカバーを付けて初めてフロント、リアー共に完璧(?)なシールドが実現できると考えたって説はどうでしょうか?

あと別の考え方としては、ギターの弾けないレオ君は「ブリッジに手をのせた時に弦がミュートされたら困るじゃないか!」と考えたという説はどうでしょう? これは初期ストラトにもトレモロブリッジの部分にカバーが付いていたことを考えるとありそうな話でしょ?
ストラトのブリッジカバーは絶対ノイズシールドってつもりではないだろうし。

ま、どっちもただの推測なので別の考え方や真実はこうだ!みたいなのがあったらメール下さい。

(*1) 本物のオールド所持者の方でハンダが付いているぞという方、おめでとうございます、「銀のくちばし」が当たりましたね。という訳で実際にどの部分にどれだけの大きさで付いていたのか教えて下さい。えっ、なんでかって? だってこんな話聞いた以上、テレキャス弾きなら誰だってブリッジカバーと見れば正確な位置にハンダ落としておかないと気が済まないでしょう。(実際に使うことはないにしても)



ヤノさんからレス&想像をいただきましたので紹介します。

 > あれってもしかしたらレオ君が外のノイズからPUを守るつもり > で付けたのではないだろうか?   ウン!なるほどプレベ・ジャズベはちゃんとPUの上にカバーありますね。 手を置く為だったら、特にPUの上でなくてもいいですからね。 それかもっと単純に想像すると・・・・ レオナルドのおっさんは、電気屋さんだからテレビと同じに機械はケース に入ってるものという固定観念があったからでしょうか?   > 「ブリッジに手をのせた時に弦がミュートされたら困るじゃないか!」   なるほど!基本的にレオナルドのおっさんが設計したフェンダーギターは カバー着きですからねー。 デュオソニック・ミュージックマスター・エレクトリックマンドリン ジャズマスター・ジャガー・ムスタング・・・・・ どれもブリッジにカバーついてますよね。 ジャガーなんかはミュートするスポンジまでついてます。     ボクの想像は・・・・「イモネジの出っ張ったブリッジに手が当たったら 痛いじゃろ、それはテレビの中身が剥き出しだと危ないのと同じじゃから のー、ほなカバー着けといたろ。汗で錆びんようにメッキも忘れたらあか んでー。」ジャガーを作る頃になって「社長!ミュート奏法ってのがある らしいでっせ!ピアノみたいに伸びない音も使ってリズミカルに演奏する わざです。」「そうなの?じゃわざわざ手を弦に当ててミュートせんでも エーようにスポンジ着けときなはれ。でも演奏の途中でもミュートがかか ったり、かからん様にしたりと切り替えできる様に設計しとかんとあかん やろなー。」のちにムスタングベースにミュートを着けて「これエーやん 」と言う評価があったがCBSさんは「あんまり需要の無い開発せんといて」 なんて事だったので「じゃかましい!ミュージックマンって会社を作って やる」といううことで、スティングレイベースやセイバーベースには標準 装備されてファンクやロックの定番ベースとなっていったのだった。 (ああなんて本当の話のように想像で話せるんだろう・・・)   ということでこのはなしはおしまい。    ヤノでした。

 



来た来た! 本物 Vintage User
小川さんからハンダ付きブリッジカバーの写真をいただきました。
serial number # 3240
neck date 28/7/52
ということなのでネックは52年製(あたりまえ)、#3240は手元の資料によれば53年終わり近くから54年1月の間ということになる。(うっ、高いぞ、このへんは!)

はじめまして、こんにちは。
いつも楽しく (と言うよりは) 勉強させていただいてます。
さて、拝見させて頂きました、ブリッジカバーの件ですが、資料を送らせて頂きます。こんな感じでいかがでしょうか?参考になればと思います。
それと、今でもブリッジカバーはパーツとして入手出来るみたいですよっ!石橋楽器の池袋店でパーツのコーナーに置いてありました。フェンダー.ジャパンより発売になっているようです。そこで、フェンダー.ジャパンに尋ねたところUSAの付属で付いているものと全く同じ物でわざわざアメリカから取り寄せて売っているとの事でした。チェックしてみてください(^^)!

さあ!みんな、池袋店へ走れ! その後はわかっているね。

(なんかこのコーナーってマジでオタクっぽくなってきたな・・・)



偽者二号さんからBBSに情報をいただきましたので、ここに転載します。

先日、旅先の楽器屋で、ブリッジカバーを探してもらったらキズがあるので半額にしてくれた。 
早速取り付けてわかったことを報告します。
なんと、意外なこともわかりました。 
ノイズがほんの少し減るんです。
試しに、テレビに近づけて、付けたり外したりすると、
つけたときにはビーンというノイズがへるんです。
でも、欠点があります。 環境にもよるんですが、
ハウるときがあります。
欠点としては、指紋がついて汚く見えるので、だらしない性格と思われます。(笑)
 
あっ、そのほかにも生音が少し変わります。
 

まっ、そんなこんなで、気になる人はつけてみては如何でしょうか。


ジョージ ハリソンのオール・ローズ テレ

Let It Beのセッションで見られる彼のオール ローズ テレキャスターは
1968年にFenderが造った ローズ製ストラト、テレキャスの中の一本。

これはあのPhilip KubickiがR&D 部門で働いていた時に造ったギター。
George用にテレが一本、ジミヘン用にテレとストラトが一本づつ
造られた。(でもジミヘンには実際には渡されなかった)

HendrixのギターよりもGeorgeのテレの方が納期が早かった
事もあって優先的に開発された。

元RTECの社長、当時のCBS FENDERのMarketing Departmentの責任者
Don Randallもこのギターの開発状況をやたら気にしていて何度も作業場に
見に来ていたそう。

ちなみにPhil KubickiはFenderをやめてから独立して 
Philip Kubicki Technologyという会社を始めて、カスタムギターやアコギ、
その他ボディやネック等のパーツを造っていました。その後は
Factor™ Kubicki TechnologyであのFactor Bassを造っていますね。

68年はFenderがBeatlesにいくつかのギターや機材をあげたとされている
年だが、実際にはうわさほど多くの物はあげていないのだそうです。

Beatles解散後、GeorgeはこのギターをDelaney Bramlettにタダであげて
しまいました。「おぉっ、さすが気前いいっ!」と思うのだが、Georgeはしばらく
後で「やっぱり返して」とお願いしたけど断られている所が少し情けない。

さて、このBramlett。タダでくれたGeorge本人にも返さないで、よほど気に入って
いるのかと思ったら、98年に20万ドルでこのギターをオークションに出して
ボロ儲けを狙ったりしていました。(しかもこれが売れなかった)
あ、あのねー・・・


(Fender Japanってもうオールローズ造ってないですね。
って事は、あれって将来プレミア付きそうですね。)

現行FenderのFinish

Fender USAのサイトのFAQより:

(1999年6月現在)

アメリカ製ビンテージ シリーズ : ニトロセルローズ・ラッカー
アメリカ製その他 : ポリウレタン
カスタム・ショップ : なんでもあり
メキシコ製 : ポリウレタン
韓国製 : ポリウレタン
中国製 : ポリウレタン
日本製 : Body-ポリエステル  Neck-ポリウレタン


GAS

用語のお勉強です。
GASって知ってますか? Guitar/Gear Acquisition Syndrome の略で、要するに 
「ギター・ギアーを買わないと気がすまない症候群」 の事だそうです。 
プロ、アマ、コレクター等の区別なく一度感染すると治癒は非常に 難しく、
治ったかに見えても10年後に再発の恐れもあるという 難病ということだ。 
で、これが発症する事を医学界ではGAS ATTACKと呼ぶ。

ちなみに女性でギターを弾く人は知っていても、この病気にかかった女性は見た事がない
はずです。女性ホルモン中に免疫となる成分があるのでは?との仮説が現在有力視されて
いるらしいです。
(そーいや女でコレクターってめったにいないなー・・)


Tadeo Gomez

氏の写真を入手しました!
T
はもうこの世にいないのだそうです。残念・・

(えっ?誰って?そーいう人はもういいです。)


よく見るとこのデカールってちょっと変? 

黒枠と中のシルバーがずれてるんですけど・・


でも実はこれって本物です。
当時のプロセスはシルクスクリーン。違う色を印刷するには別のスクリーンを
セットし直さなければいけません。印刷業界で働く某氏の分析ではこれは
まずシルバー、次ぎに黒の順。次におそらく2コートのクリアーラッカーが
吹いてあるそうです。黒用スクリーンのセット時にずれてしまって
「ま、いっか」状態でそのまま使ったのでしょう。手動だと1ミリ位の
誤差はめずらしくないそうで、かえってちょっとくらいずれてた方が
本物っぽいという見方もあるんだそうです。



Flying V考察
(全然Fender/Tele関係じゃないけど。
っつーかギター関係の情報ですらないかも?)



「Flying V」でweb検索してたら面白情報がありました。
なんか「Flying V」ってのはギターの固有名詞じゃないみたい? 
でも回りのアメリカ人に聞いても

「Flying V? いったいなんだい、それは?」

・・・だから、よほどの愛鳥家か学者じゃないと知らない言葉らしい。
ギターとはあまり関係ないかもしれないですが、一応知っていれば
プレイをする上で何かの参考になると思います。
(ほら、例えばアドリブのフレーズに詰まった時このコラムを思い出せばきっと役に立つはず)


で、いくつかのサイトを見て学んだ要点はこんな感じ:

Flying V

グースや他の鳥の群れは何故Vの形になって飛ぶのか?
昔はこのフォームだと全員が敵を監視し易いから等とも考えられてきたが、後の研究で
「この形で飛ぶと一番ラクに飛べる」という事実が発見された。
全体が大きな一つの翼のように働いて風が流れるので、例えば25匹がFlying Vで飛べば
一匹で旅をする時よりも最高で70%も遠くまで行ける

もし、あるグースがV フォーメーションからはずれたら、そのグースはすぐに
「うっ!ツライ!」
と感じるのですぐに正しいポジションに戻る

一番先頭のグースはVの正確な頂点よりは少しさがった位置にいるため
思ったよりは疲れない
(なんで?)

先頭のグースが疲れたらローテーションして他のグースと変わる。
先頭は責任のある仕事だが、別に「群れのボス」がいつも先頭という訳ではない


===で、ここからが感動です===

ペースが乱れた時、後ろのグース達は前のグース達を元気づけるために鳴く。
この鳴き声の意味は人間社会にあるような、トロい車に向かって
「はよ行けや、ボケッ!」
と言うクラクションとは違い、あくまでも元気づけるための意味らしい。
(どうしてわかるの?)

もし一匹が疲れたか病気になって落ちていく時、群れから二匹が一緒に付いていって
面倒を見てあげる。その二匹は落ちたグースが再び飛べるようになるまで、もしくは
死ぬまでずっと行動を共にする。そして再び飛ぶ時は、自分達の群れに追いつくまで
他の群れのFlying Vに入れてもらう事もある



カナディアン・グースはNew Yorkにはたくさんいます。いつも

「何も考えないで芝生とか雑草ばかり食ってるやつら」

だと思ってたけど、
なんか「助け合い」とか「思いやり」といった、人として見習うべき所がたくさんある
愛すべき生き物だったのね・・


そんなこんなで結論:

以上の事から明らかなように
Flying Vってギターはメタルよりはむしろ癒し系の音楽に向いている!!















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